「発明」と言ったら「エジソン」が一番に浮かびます。
1847年に生まれたエジソンは、今尚現代の産業に大きな
貢献を果たしています。
一説によると、現在のアメリカのGNPの10%以上がエジソンの
発明や特許が何らかの形で関係しているということです。
世界最大のコングロマリットであり、従業員数は30万人を越す
GE(ゼネラル・エレクトリック)社もルーツはエジソンが
創業したということを最近知りました。
白熱電球、蓄音機、キネトスコープ、アルカリ電池など、
発明家というイメージがあったのですが、発明のたび、
専門の会社を立ち上げて事業化しており、起業家としての
側面もあったことも知りました。
というのも、「人の役に立つものでなければ発明ではない」
という信念を持っていたので、一般に普及させるために
事業化するというのは当然だったのかもしれません。
また、電気機器ばかりでなく、それらを普及するための
副産物として、強化コンクリートやベニヤ板などの発明も
またエジソンによるものだそうです。
そうしたエジソンの幼少時代というのは面白く、
松下幸之助翁よりもさらに早い段階で小学校から
ドロップアウトしていました。
松下幸之助翁は小学校4年9歳で中退して働き始めたのに対して、
エジソンは小学校1年7歳で中退(というか、退学)。
以後は、家で母親に教育を受けながら、読者や実験に夢中
だったということです。
また、エジソンは7歳のときに猩紅熱にかかった影響で
耳もほとんど聞こえなかったということでした。
一見してみると、ハンディがあり、恵まれない環境で
育ったという印象を持ちますが、エジソン自身はこれらの
お陰で自分の発明があると捉えていました。
境遇というものは将来どのように影響するかわからない
ものだとつくづく感じます。
「人の役に立つものを誕生させたい」
生涯この思いで研究・発明をしたからこそ、
今日まで絶大な影響を与える大仕事が出来たのだと思います。
志の大切さを改めて感じました。
ちなみに「こんにちは」の「ハロー」を発明したのもエジソンのようです(笑)


掃除で心は洗われるが、内容はどうか
「うちの製品はまだ海外では負けとるな。現地で売る苦労をしている皆さんには誠に申し訳ないと思う。弱い製品を売る難しさ、それも海外で売る難しさは私なりによく分かっているつもりや」