菜根譚は、中国明代末期、洪自誠(洪応明)によって書かれた処世哲学の書です。
当時、中国ではさほど読まれず、明治時代に入ってから日本でよく読まれるようになりました。
しかし、近年、中国や韓国でも広く読まれるようになったそうです。
菜根譚の由来は、朱子の編んだ古典「小学」の最終章にあります。
汪信民(おうしんみん)、嘗(か)って人は常に菜根を咬(か)み得(う)れば、
則(すなわ)ち百事做(な)す可(べ)し、と言う。
通常は、葉や茎や実を食べる野菜のその根までも食味する、
そのような逆境にみまわれてもそれをよく忍耐しえたならば大抵の事はのりきれる、
という意。
また、著者の洪自誠と同時代を生きた傑僧に紫柏達観という人物がおります。
その紫柏大師の「食菜」という五言詩にこうあります。
菜の味の淡きを嫌うこと莫(な)かれ。
淡き中の赴(おもむ)きは甚(はなは)だ長(すぐ)る。
長れる者は以て久しかる可く、
久しければ則ち歳の霜に耐う。
人は梁(こめ)と肉は美(うま)しと謂うも、
我は菜の根の香(かんば)しきを愛す。
東坡(とうば)は曽(かつ)て言う有り、
大丈夫は須(すべか)らく嘗(な)むべし。
淡白は高明を滋(ま)すも、
奢侈は心光を泊(みだ)す。
節倹は家を成す可きも、
費せば則ち淫荒に近し。
我が冷舌(れいぜつ)の言を聴かば、
天下も亦(ま)た康(やす)んず可し。
菜根とはあくまで蔬菜(そさい)の根の意であって、
大根や人参などの根菜だけのことではありません。
この食菜の詩は、汪信民の発言をより、丁寧に表現したものであると思います。
淡きを尊重する東洋の思想に共感を覚えます。
奢侈を嫌う思想に気高さを感じます。
極貧の中で、根を味わう艱難辛苦に思いを馳せ、いざそうなったとき、
乗り越える強さを身に付けたいと思いました。
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