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一書の恩徳、萬玉に勝る-越智直正氏「男児志を立つ」

一日の学問 千載の宝
百年の富貴 一朝の塵
一書の恩徳 萬玉に勝る
一言の教訓 重きこと千金

僅か一日の浅い学問であっても、自分の身につけば永遠の実りとなって残るが、百年の年月をかけて蓄積された大きな財産でも、学問と違い僅かの間に灰燼に帰してしまう。意義ある一冊の本から受ける恩徳は、多くの宝玉よりも大きく、師の一言の教訓の貴重さは千金の重さに匹敵する。

越智直正氏の著書「男児志を立つ」に紹介されている鎌倉末期の禅僧・夢窓疎石の作の七言絶句です。

参考:致知2009年9月号

越智直正氏は、僕も気に入って利用している靴下、タビオ株式会社(靴下の製造・卸・小売りで業界トップ)の代表取締役会長です。

越智氏は15歳、中学卒業と同時に大阪の靴下屋に丁稚奉公し、休みは月1回。朝早くから夜遅くまで働きずくめの毎日で、ある日、先輩に強制的に連れられて行ったのが古本屋でした。

中学卒業時に先生から「難しいだろうが、中国古典を読め」と教えられたのを思い出し、その古本屋でもとめたのが「孫子」でした。中学卒の学力では難解でしたが、「一念巌をも通す」で辞書を引きながら3年。全文を暗唱するまでになりました。

以来、氏の前には東洋古典の無限の豊穣の世界が開け、今日に至ると越智氏は言い、下のように続けます。

「私は自分を取り巻く社会の人に、“持って生まれた自分の個性を発揮して世間から歓迎されるような生き方がが最高の生き方だ。いかに個性を発揮しても、世間にご迷惑をかけるような生き方だけはやめて欲しい”と、ことあるごとに話しています。」と。

まさに、“一書の恩徳、萬玉に勝る”思いで致知を読み、古典に触れ、そして、師匠の一言を教訓とし、日々生活しております。

越智氏の仰るとおり、いかに個性を発揮しても、世間から歓迎されない生き方をしては駄目だと胸に突き刺さる思いです。

一日の学問、一書の恩徳、一言の教訓を大切に積み重ね、確固たる価値観、信念、不動の生き方を身につけて世間に歓迎されるよう、今後も身も心も引き締めて精進していきたいと思いました。

男児 志を立つ―実践漢詩五十撰 男児 志を立つ―実践漢詩五十撰

幕末の志士・熱血の教育者「吉田松陰」を学んで

先日、都内で主催している勉強会にて、吉田松陰を学びました。
ためになった松陰先生の教育姿勢をまとめます。

【一】原点認識の教育…立ち位置を定める

天下は一人の天下なり

革命の国・中国は、「天下は一人の天下に非ず」という考え方であり、覇者や国は何度も入れ代わるという価値観があります。
しかし、日本は中国と違い、天皇を中心に据えた国柄の変わらない大家族国家です。
そこで、松陰先生は、我々の原点は、中国ではなく、日本であると教え、外国かぶれ(中国かぶれ)だった当時、中国の良さを知り抜いていながらも、我々の原点は日本であり、原点を知らず、思想だけ中国にかぶれてはならないと諭しました。

松下陋村(しょうかろうそん)と雖も、誓って神国の幹とならむ
訳:松本村は田舎の貧しい村ではあるけれども、必ず我が神国日本の柱となろう。

松下村塾が熱気を帯びれば、松本村を変えることができる。
松本村が変われば、萩が変わる。萩が変われば、長州が変わる。長州が変われば、長門の国を動かし、やがて日本、天下を動かし、世の中を変えることができるであろうと考えました。
松陰先生は、自分の足元(原点)から広く天下を変えようという思想を持って講義しました。そして、実際に、日本を変えた多くの志士が山口県の萩という小さな田舎から大勢排出されました。

【二】大局観察の教育…広い視点を持って、どこまでを我が事として捉えるか

余、一間の室に幽閉し、日夜五大州をへい呑せんことを謀る

私はこの一間の部屋に謹慎しているが、毎日毎夜、世界五大州を飲み込もうとしているのだ、世界から見たら、日本は鎖国状態であり、まるで幽閉状態ではないか、だから、肝心なのは意識をどこまで広げ、我が事として捉えるかが問題なのである。

松陰先生は、必ず大局から講義し、その後、細部を話されたそうです。
細部を説明してしまうと、細かい目先のことに捉われてしまうゆえの配慮だそうです。

【三】熱意感動の教育…感情移入し、心を丸ごとぶつけて講義する

天下いづくにか定まらんといふは世話話なり。かかる田別者、いづくんぞともに語るにたらん

これは、孟子の一説に感想を述べたものですが、ある国の王様が凡庸でとるにたりない、他国からの圧力が激しいのに、あまりにも能天気である姿を見て、こういう馬鹿者とどうして一緒に語ることが出来るだろうか。全く語るに足りない!と孟子以上にいきり立って講義したという逸話があると言います。

自らが燃えていなければ、人を熱くすることはできません。
部下に60度の熱を持ってもらいたかったら、幹部は80度。
幹部に80度の熱を持ってもらいたかったら、自らは100度を超えて沸騰していなければなりません。
自ら燃えるものが、他を燃えさせるのであります。

自分の中に種火という志を持ち、いつでも人を燃えさせることができる人間になる。
まさに、この勉強会の目的であります。

【四】自己確立の教育…今なら、君ならどうするか?

松陰先生は、歴史を学ばせる際、単に歴史の知識人を育てるのではなく、歴史を題材として、「今ならどうするか?君ならどうするか?」を考えるために学ばせました。歴史はあくまで題材なのです。

初一念が大切
そして、人間は最初の思いが大切であるとも教えられました。
・欲のために事を起こすと、最後まで欲を満たすことで進んでしまう。
・地位のために事を起こすと、最後まで地位に捉われて進んでしまう。
だから、最初が肝心なのである。と。

【五】率先実行の教育

先頭に立って、常に行動する人物であれ。
人に任せていても、気持ちは常に先頭に。

天下の大患は、その大患たる所以を知らざるに在り

この日本の大きな患いは、どうして日本が駄目になったか知らないところにある。その患いの原因をつかみ、原因を知ったら、その原因を変える方法を行え。より良い社会のために、自ら実行あるのみである。

松陰先生の教育姿勢から、自らの学ぶ姿勢を正された気持ちです。
知識のための学びではなく、行動のための学びなのだと改めて気を引き締めたいと思います。
種火を育み、正しい方向に向って人にまで感化の及ぶ人間に成長したいと思いました。

田舎で学び思うこと

先日、月見をしながらジョギングをしていてふと思いました。
田舎と都会の良さの違いは何だろうと。

都会の良さは、人も物も情報もありとあらゆるものが集まり、最新のトレンドを追っていくまさに時代の最先端という点にあると思います。最新の技術、情報を追って学ぶ場合、価値のある場所です。

田舎は、人もいなければ、物もない、情報もないという具合ですが、昔から残され続けてきたものが沢山あります。歴史に学ぶ視点から見て、田舎というのは、非常に価値があるなと最近改めて思います。

頭だけでなく、肌で歴史を感じるからです。
何を今更当たり前のことを。という感じですが、つくづく思います。

幕末史を学ぶ場合、特に思います。
会津に来て、歴史を学ぶ前までは、明治以前というのは、もう遥か昔のことのように思っていました。

しかし、幕末などたった百数十年前の出来事だということを知ると愕然とします。

この百数十年で多くのものを得て、多くのものを失っていったのだろうと想像します。

今まで以上に古き良きものをしっかりと学び、遺すべき資産を今に伝えるお手伝いを少しでもできたらいいなと改めて思いました。

300年続く老舗の教え「質素倹約を旨とし、決して驕るな」

滋賀県近江八幡市に1720年創業の扇四呉服店という呉服店があります。

この呉服店には、代々大切に守られてきた家訓が掲げられていると、九代目当主の中村四郎兵衛氏が内容を説明されています。

◆以下、家訓

私の友人の老商に店の盛衰の原因は何かと質問すると、老商は次のように答えた。

「適切な場所を選び、適切な商品を商い、その際、利益を薄くして得意客を敬い、質素倹約を旨として、主人は油断することなく、また使用人は骨身を惜しまず働く。

これこそが家業が発展する基本であり、その基本を行えば、お客は集まり、店は必ず盛んになる。

そのようにして大店となり、財を成し、蔵が建つほどになり、親族は敬い、同業者も従うようになると、その店の権威は高くなる。

そうすると、主人はそれを誇るようになり、使用人も怠けるようになる。この時に衰退の兆しが現れるものだ。これが世の道理である。

だから、家業が成功して盛んになってきた時には、主人も使用人もすべて勉励を心がけ、決して油断なく一日中栄利が増えるようにすれば、ますます家業は盛んになる。

これに反して、主人も使用人も驕って威を奮い、日々安心して家産は永久になくならないと思い、そのうちに秋風が吹くことを知らないでいると、衰退が始まるものであり、俄かに問題が起きて、初めて衰退を知ることになる。

その段階では、もはや挽回することはできない。
この分かれ目を知るのは大変難しい、しかし私はあなたのために一言助言しよう。

貴賎貧富にかかわらず、他を軽侮する気持ち、驕りが心に起こったら、その時が衰退の始まりであり、衰退をもたらす諸々の問題はここから起こってくるものだ

この言葉は間違いのない真理であると深く感じ、ここに世の人々に知らせるものである。

箇条書きの家訓は良く見ますが、なんと文章になっています。
五代目の当主が、京都、大阪に積極的に店を展開しながらも、あえなく、その当主の代で撤退させているという、苦しい思いから家訓を残されたということでした。

質素倹約を旨とし、決して驕るな」ということだと中村氏は要約しております。

また、氏は色々講演の依頼を受けるそうですが、全て断っているそうです。
なぜなら、父から「商売人は絶対に人前で話してはいけない。それは驕りの気持ちに繋がる」と戒められていたからだそうです。

驕りの気持ちを戒めるということは、とても難しいことだと思います。驕りが身を滅ぼすことを理解していながらも、気付かないうちに驕っていることがあると様々な先人から教えられます。

すぐに調子に乗ってしまう自分ですが、どのように生活したら、驕りの気持ちを戒められるのか、よくよく慎んで考えていきたいと思いました。

参考:致知2009年8月号

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