Monthly Archives: 2月 2009

知りて知らずとするは

知りて知らずとするは上なり。
知らずして知るとするは病(へい)なり。
聖人は病あらず、其の病を病とするを以て、是を以て病あらず。 (老子71章)

自分でよくわかっていても、まだ十分にはわかっていないと考えているのが、最もよいことである。
わかっていないくせに、よくわかっていると考えているのが、人としての短所である。
優れた人に短所がないのは、かれがその短所を短所として自覚しているからで、だからこそ短所がないのだ。

一、自分の短所を短所として自覚すること。
一、短所によって害を及ぼさないように心がけ徹底すること。
一、自覚しても自覚しきれていないと考えること。

今、まさに課題として生活していることです。

良い習慣を早く自分の体に癖というほど染み込ませ、染み込んだとて、老子の言う、常に短所を自覚し続けることが出来る人間でいたいと思いました。

老子―無知無欲のすすめ (講談社学術文庫) 参考:老子―無知無欲のすすめ (講談社学術文庫)
金谷 治

難きを其の易きに図り

寝違えたのか、ここ2週間ほど首が痛くてあまり曲げられない状態。
ネットで調べてみると、寝違え、ぎっくり首というものは、2日~3日に治るものから、1週間~2週間ほど治らないものまであるそうな。
それでも治らない場合は、ヘルニア等の可能性もあるということ。
なので、2週間は様子を見ようと思ったのですが、一向に良くならないどころか痛みが増しているので、本日は病院に行こうかなと。

難きを其の易きに図り、大をその細に為す、天下の難事は必ず易きより起こり、天下の大事は必ず細より起こる。 (老子63章)

首程度で大袈裟ですが、老子にもあるように、あまり事が大きくなる前に診てもらおうと思います(笑

老子―無知無欲のすすめ (講談社学術文庫) 参考:老子―無知無欲のすすめ (講談社学術文庫)
金谷 治

軽諾(けいだく)は必ず信寡(しんすく)なく

軽諾(けいだく)は必ず信寡(しんすく)なく、多易(たい)は必ず難多し。 (老子63章)

確かにその通りだなと思います。

自分は、頼まれ事はあまり断りたくない性分ですし、しっかり考える前に快諾してしまうほうなので、はっと思い知らされました。

何も快くすぐに快諾することがいけないと言っているわけではないと思いますが、物事を簡単に軽諾してしまい、その後になって、やはりこれは出来ない。間に合わない。
などでは信用を無くすと言っているのだと思います。

承諾したものには、全て責任が伴います。
その責任を全うできると判断したら快諾したらよいし、諸々の条件を考え、期待に副えない場合は断る。
この「断る」という行為をもっと前向きに実践できたらと思います。

その場限りの気持ちよさではなく、希望、要望を成就する最後まで、相手にとって気持ちの良いお付き合いをしたいと思いました。

老子―無知無欲のすすめ (講談社学術文庫) 参考:老子―無知無欲のすすめ (講談社学術文庫)
金谷 治

民に利器多くして、国家ますます昏(みだ)る

文明の利器は物質的な豊かさと時間的な余裕を生み出すが、人々の怠惰と狡知とともに精神の貧困を招くだろう。
むかしの素朴な生活のなかで培われた健康な活力と素朴な人間味とを、ふたたび取り戻す必要がある。
さかしらの知恵と欲望に責め立てられて、外に向って駆け出すところに、人間の不幸が生まれのだ。(老子57章)

今から2000年以上昔の話です。

2000年以上経った現在、訴えられていることは何も変わっていないようです。

文明の利器が人々の本当の幸福というものを生み出すには至ってないからでしょうか。

火という道具を得たときの感動は、ロケットで宇宙を行き来できるようになること以上だったと想像します。

絵を書き、それが記号になり、言葉になり、コミュニケーションを始め、生物的にはとてつもなく弱かった人類が、地球上でここまで躍進したことは凄いことです。

文明が人間を人間たらしめている理(ことわり)のひとつかもしれません。

しかし、まだ人間はその文明や利器との付き合い方が上手くありません。

自然との付き合い。人が生み出す非自然との付き合い。

いつの日にか人類がその中庸を得ることを夢見て、今できることを日々精進していきたいと思いました。

老子―無知無欲のすすめ (講談社学術文庫) 参考:老子―無知無欲のすすめ (講談社学術文庫)
金谷 治