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売れるものがないときは―経営理念を売れるか

「松下の経営理念を売ってくれ」

昭和44年、松下(現:パナソニック)が海外のフィリップスと合同で乾電池の工場を作り、
お互いのブランドで同時に販売することになりました。

当時、松下はフィリップスに比べ製品力が弱く、販売網も築けていない状態です。

そこで松下幸之助翁は現地の社員に向けてこう言われました。

松下幸之助「うちの製品はまだ海外では負けとるな。現地で売る苦労をしている皆さんには誠に申し訳ないと思う。弱い製品を売る難しさ、それも海外で売る難しさは私なりによく分かっているつもりや」

「3年の猶予を私にくれないか。3年でヨーロッパのものにも負けないいい製品をつくるから。そこで君たちにお願いがある。その3年間で、君たちはそれが売れる強い販売網をつくってくれ」

と。最初のねぎらいの言葉で気持ちは救われました。
しかし、続く言葉に社員は何か釈然としない気持ちがおこりました。

「弱い製品でどうやって販売網を築くのですか」と。

幸之助翁はちょっと考えて、、、

松下幸之助「売るものはあるよ。松下の経営理念を売ってくれたらいい」

きょとん。です。

しかし、よく考えると商売の本質である「人間関係」に立ち返るということだと社員は気付きました。

良い製品だけを作って提供するだけなら、他社がより良い製品を作れば、より良い製品に、安い製品を作っても、他社がより安い製品を作れば、より安い製品にお客様は流れてしまいます。

製品だけを見つめていたら商売は長続きしません。
商売が長続きするには、人間関係、信頼というものが欠かせません。

その人間関係、信頼を築くために、松下の価値観である理念をお客様に示し、商品に反映させる必要があります。

経営理念を売れとは、そういうことだと気が付き、経営理念の大切さを学んだと当時社員であった、佐久間昇二氏(WOWOW相談役)は語っています。

人間一人とっても、その人の価値観、志に共鳴して人間関係が構築されていきます。

人、家庭、企業、国家、大きさは違えど生きものです。
志や理念というものの大切さに改めて気が付かされました。

幸之助翁は常に「実践の人」でありました。
志や理念は語っているだけでは説得力がありません。
実践してこそのものだと心得、ぶれない人生を歩みたいと思います。

参考:致知2009年10月号

謙虚さを養うためには?―実るほど頭を垂れる稲穂かな

人は坂道を上る時、自然と頭を下げた謙虚な姿勢になります。
つまり、謙虚な態度でいる人は、上り坂にあると言えます。

その逆に坂道を下る時、人はのけぞった姿勢になります。
つまり、不謙虚な態度でいる人は、下り坂にあると言えます。

その人の今の「態度」が、
上り坂を進もうとするのか、下り坂を進もうとするのかを決定するのかもしれません。

どれほど調子(業績)が良くても、波に乗っていても、
「態度」が不謙虚な姿勢になってしまうと、それは、
下り坂に入ったことを表わすのだなと、わかりやすい教訓です。

自分は不謙虚、不誠実になりがちな人間です。
ふと気付くと、態度が大きかったのではないか。
相手への敬意が足りていなかったのではないか。
毎日そんなことばかりです。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

中身が充実すればするほど頭を垂れるのが稲穂です。

これから豊穣の秋を迎えます。
会津の田んぼも黄金色に色付いてきました。

自分も稲穂のように、心身ともに充実させ、見せ掛けではない本物の謙虚さというものを身に付けていきたいと感じさせられました。

大転換期に必要なもの―本当の教育について

明治維新を成し遂げた人物達は、
江戸時代を通して儒学(主に朱子学)を学んでいました。

戦後、焼け野原から偉大なる復興を果した先達は、
明治から戦前にかけて「教育ニ関スル勅語」を理念とし、「修身」という科目を基軸に学びました。

国外からの圧力による歴史的な大転換期に際して、国家を失わずさらなる飛躍をするには、必ずそこには教育が培った土台となるものがあるように思います。

儒学は「修己治人」の学と言われ、「修身」もまた「修己」と同義であると思います。
当時、そういった、己(身)を修める学問を土台として、その他の学問を身に付けました。

だからこそ、危機に瀕して立ち上がり、行動する底力が湧き上がったのだと思います。

現在は、「これから起こる大転換期」を乗り越えられるだけの教育が施されているでしょうか。
自分自身を省みても、幕末・明治・戦後の志士たちと比べようもないほどに未熟であり、情けなく、頼りありません。

非常に恐怖を覚えます。

自分がビックリするくらい未熟な理由を「現在の教育」のせいにしているわけではありませんが、幕末、明治の志士らの軌跡を学ぶにつれ、今の日本の教育の在り方というものが非常に危ういものだと感じるようになりました。

今月はアサヒビールの名誉顧問であります中條高徳先生の講演会に出席することになりました。
友人から「事前にこれを読んでおくと当日より深く学べるよ。」ということで「おじいちゃん戦争のことを教えて」という中條先生の著書も贈って頂きました。

そこにも、中條先生自らの体験として、戦前、戦後の教育について触れられている箇所があり、尚強く危機感を持ちました。

教育者として有名な森信三先生は、「修身教授録」という著書の中で、「修身」ということの大切さを説いています。

現在、「修己治人」をベースに講習会を主宰している立場として、いつまでも未熟で恥ずかしい自分でいるわけにはいきません。

今後も、森信三先生の仰るところの実践者として、机上の知識ではない本当の学問というものを意識し学び続けていきたいと思います。

修身教授録―現代に甦る人間学の要諦 (致知選書) 修身教授録―現代に甦る人間学の要諦 (致知選書)
おじいちゃん戦争のことを教えて―孫娘からの質問状 おじいちゃん戦争のことを教えて―孫娘からの質問状

八海山の酒造りの姿勢に学ぶ経営思想

八海山というと、一時期ブームになった日本酒ですが、どんな姿勢でお酒造りをしているのか、南雲社長のインタビューを月刊致知(10月号)で読みました。

一、良い酒を作りたい「熱意」と「努力」
新潟のお酒が有名になってきたのはここ四、五十年だそうです。日本酒作りは古くから歴史がありますが、新潟のお酒が日の目を見る事はありませんでした。
しかし、新潟のお酒をなんとか良くしたいとの先代の熱意と努力で今日があると語られています。

松下幸之助翁も繰り返し語っていますが、「熱意」が一番最初になければ、何事も起こらないということだと改めて感じました。

何としてでも二階に上がりたい!という強い意志が「梯子」を作らしめるのであって、優秀な人が「梯子」を作るわけではない。という例え話に通じます。

一、明確な理念
八海山を作っている八海醸造㈱は大正十一年に創業しました。
現社長の祖父の創業です。日本酒業界の中ではかなりの若手だと思いますが、なぜここまで酒=新潟という全国的な知名度を勝ち取れたのか。明確な理念が受け継がれているからだと思いました。

淡麗というカテゴリーの中で高品質な清酒を造る。それには大吟醸酒作りを目指す。

この一点のみに全力を捧げているということです。

酒造りに妥協を許さないというのは、どこの酒造も勿論その意気であると思いますが、○○のカテゴリーにおいて、というとても明確な目標があることが無名の醸造会社を一躍有名にさせた理由なのかなと思いました。

一、役割の明確化と供給責任
そして、面白いのは、お酒造りをしている本体である製造部門と営業を担当している販売部門を別々の会社にしたという点です。

人気が出ると、往々にして販売部門から「もっと利益の出せる製品にしてほしい」とか「もっと市場にウケがいいものを作ってほしい」など要請が出てきます。
それに応じてしまうと、八海山を作っているのか、何を造っているのか分からなくなってしまうと南雲社長は仰っています。

また、南雲社長は以下のようにも語られています。

いい酒を造るだけではなく、いい酒を求めている人達の手に行き渡るようにすることは、一つの企業責任ではないかと謂うのです。希少性を前面に出して、価格がつりあがっていくことは、品質の悪いものを市場に流すのと同じくらいお客様を無視した姿勢だと考えます。

勿論全ての商品に供給責任がもてるわけではありませんが、スタンダードラインのものに関しては上記のような姿勢を貫きたいと仰っておりました。

何を目指しているのか?
最初にあった目標、目的がいつの間にか見えなくなっているということのないように配慮されていることが良く分かりました。

何かに向って走るとき、必要なのはインターバルのための給水所でもなく、楽ちんな車でもなく、ゴールテープなのだと改めて気付かされました。

うまい日本酒はどこにある? うまい日本酒はどこにある?

高校生が感動した「論語」―佐久協

慶應高校で一番人気のある授業をする先生として、35年間漢文を担当された佐久協先生が、若者にどうやったら論語を楽しんでもらえるか工夫し、表題のタイトルの本を出版されました。

佐久先生は「大人になって社会に出、人と人との間で揉まれ苦しむとき、真に役に立つのが論語である。だが、誰もが高校の授業で一度は触れた論語を、歳を重ねて読み返したりはしない。こんなにもったいないことはない」と語ります。

自分も、高校で論語を学びましたが、授業外でそれを思い出したことは一度もありませんでしたし、漢文自体なんで今更こんなものを学ぶのだろうという程度の次元の低い認識でした。

しかし、今は確かに「もったいなかった」と思います。
当時から論語はじめ、古典の普遍性を理解出来ていたらと思いますが、残念かな全く興味を示せませんでした。

この本は現代の若者にも通じるように訳が練られています。
順番も学而第一から堯曰第二十まで原文の順で並んでいるのではなく、意味でカテゴライズされていてとても学びやすいです。
例えば「人生の目標」とか「家庭生活」とか「教育と学問」という具合です。

訳は↓のような感じです。

「弟子の冉有が『先生の説には大賛成ですが、それを実行するのは、私には力不足でできません』と言うから、『「出来ない」というのは途中までやって、ぶっ倒れた者が言うセリフだよ。お前のは、「出来ない」ではなく、「やらない」の言い訳じゃないか。自分で自分をダメ人間あつかいしているのと同じだぞ』と諭してやったよ」

他の誰かに伝えるためではなくとも、自分の中にしっかりと落とし込み、身体に馴染ませるためには、もっともっと噛み砕いて消化しなければなりません。

その一躍を担う本に出合え嬉しく思います。

追記
漢文がセンター試験の科目から外れる!?
授業から漢文が無くなる日も遠くないのでしょうか…

高校生が感動した「論語」 (祥伝社新書) 高校生が感動した「論語」 (祥伝社新書)

車を運転している時間の有効活用

引っ越してから車に乗って移動する時間が長くなりました。
ずっと音楽を聴いていましたが、運転中の時間を活かしきれず、最近はこの時間が勿体無いと思い始めていました。

以前、たまたま手に取った松原泰道老師の本に、説法のCDが付いていたことがきっかけで気が付きました。そうだ。講演や説法などCDで聴けるものを探せば移動中も時間を有効に活用できる。と(今更ですがw)

そこで、探してみると論語や大学などの中国古典も朗読CDがあったりして、素読の勉強にもなるなと新しい発見がありました。

これから日新館のホームページをリニューアルしますが、日新館に入学した子供が論語や大学の素読を始めた歳が10歳でした。神童と呼ばれるような子供は3~5歳で古典を習い諳んじたそうです。

現代の研究結果からも、難しい漢字は幼い頃(幼稚園くらいから)のほうが良く覚えるらしいです。

自分は、当時の10歳の子と同じスタートラインに並んでいること、もしかしたらそれ以下かもしれませんが、そのことを自覚し、心して精進していきたいと思います。

オススメの講演・説法・朗読CD

百歳で説く「般若心経」 百歳で説く「般若心経」

成功のために大切なこと 成功のために大切なこと
PHP総合研究所

日本人のこころと品格(10)~儒のこころ 日本人のこころと品格(10)~儒のこころ
矢崎滋

読本『仮名大学』 『大学』を素読する 読本『仮名大学』 『大学』を素読する

人を植える道

中国古典「管子」に以下のような一節があります。

一年の計は穀を樹(う)うるに如(し)くは莫(な)し。
十年の計は木を樹うるに如くは莫し。
百年の計は人を樹うるに如くは莫し。

一年の計画を立てるなら、その年に収穫できる穀物を植えるのがよい。
十年の計画を立てるなら、木を植えるのがよい。
一生涯の計画を立てるつもりなら、人材を育成することだ。

参考:致知2009年10月号

今まさに生涯の計画を練っているところです。
ずっと自分はどのようにして生きていきたいか考えて、それでも全く方向が見えずにいましたが、ここ一、二年で目指す方向が定まりつつあります。

100年計画とまではいきませんが、50年計画の骨組みは出来上がりました。

肉付けはまだまだ必要ですが、この計画でGOサインが出せればもう後は走り続けるだけです。

GOサインを出すための最終的な決定を何とか年内にしたいと思っています。

日新館童子訓―当たり前のことを当たり前に

中国は唐の時代、名僧、道林禅師が木の上で座禅を組んでいました。そこを通りかかった、詩人の白楽天(白居易)が仏法の大意を尋ねます。
禅師は「諸悪莫作、衆善奉行」(悪いことをしてはいけない、良いことをしなさい)これが、仏法であると答えます。それを聞いて白楽天は「そんなこと、三歳の子供でも知っているではないか、わかりきったことを」と言葉を返します。
ところが、禅師は「三歳の子供も知ることだが、八十歳であっても行うのは難しい」。それを聞き悟るところがあって、白楽天はこの道林禅師からその後長く教えを受けた、という話があります。

日新館のHPをリニューアルするということで、日新館童子訓を拝読致しました。

童子訓は、(五代藩主)松平容頌公が藩内の武士の子はいかにあるべきかを書いた道徳書ですが、子供への躾が非常に詳しく載っています。

躾の中には、自分にも出来ていないことが沢山あり、己の非道徳、非常識振りに愕然とし、恥ずかしさが込み上げてきました。

また、昨夜、従兄弟に子供が生まれたという知らせもあり、弟夫婦も妊娠中と、今後、子供と接する機会が増えてくると思います。

子供への躾の前に、自らの日常の生活、人との接し方を振り返らなければならないと痛感致しました。

当たり前のことを、当たり前にできるように日々反省していきたいと思います。

繁栄の本は、足元にあり

安岡正篤先生の「人間学のすすめ」という本を読み郷学のもつ意味を改めて考えさせられました。

日本精神の頽廃―民族の第一義は精神である

安岡正篤今日の日本、明日の日本というものを考えた時、なんとも言い知れぬ大きな危惧を抱かざるを得ないのであります。まかり間違ったならば、おそらくここ数年の日本は収拾すべからざる混乱に陥って、相当期間暗黒時代・恐怖時代が来ないとも限らない。(安岡正篤)

昭和40年に安岡先生は仰っております。

今日本は、安岡先生が発案した(との説)「平成」という元号ではありますが、昭和40年以降危うい状態を繰り返しここまできました。そして、未だ安定した国家の基盤を作り得ていない状態であります。

アメリカの占領政策によって骨抜きとなった日本の現状、教育の荒廃、道徳の頽廃を憂い、当時より今後の日本を非常に心配されていました。

そうした中、唯一日本が救われるにはどうしたらよいか。
物質では絶対に救われない、精神でなければ救われないと仰っております。

経済や産業も現実的には重要な問題ではあります。
しかし、永遠という性命からみると、それはとてもはかないものです。
先生は、何が民族であるか、という民族の第一義に立てば、いかにして精神、民族精神を養ったかが全てと主張しております。

郷学―心の根を培養する

安岡正篤人間、民族、人類というものは、栄えようと思ったならば、まず何よりも根に返らなければいけない。草木でも、本当に健やかに繁茂させようと思ったならば、悪戯に枝葉を伸ばしては駄目でありまして、幹を逞しくし、根を深く養わなければなりません。根に返ることが大事であります。(安岡正篤)

人が根に返ると言った場合それは何になるか。それは、郷土の歴史に返ることだと説いています。

安岡正篤郷土の歴史に返るということは、郷土の人々が心の根を培養することである。これが将来ここの人々、及びその子孫にどれだけ影響を与えるか、まことに計り知れないものがあるのであります。そういうことが全国的に行われる時に、日本民族はどんなに栄えるかわからない。(安岡正篤)

日本には、ヨーロッパで英雄扱いされたレベルの人物が各藩に数多くいたと思っています。新渡戸稲造先生の「武士道」によると、武士の妻でさえ、英雄と同様の精神レベルを有していたとも言えるかもしれません。(大袈裟かもしれませんがw)

郷学はやがて国学となり、人類の学となっていくと先生は主張しております。

日本の学は、人類の学となるポテンシャルを秘めていると思っています。
日本の精神は、人類の精神となり得る、誇りあるものを持っていると思っています。

自分は自分が生まれたこの日本という国を知りません。
19年間育ってきた信州諏訪・茅野のことを知りません。
それ以降の大半を過ごしている会津のことも知りません。

そんな人間がどうして自分のことを知っているでしょうか。
自分のことを知らないと言っているようなものです。
(実際、自分のことをまるで分かっていません)

縁を頂いた郷に学び、己の所以を知り、それを如何に育むか、今後意識して生活していきたいと思います。

追記 「為す」より「あれ」

安岡正篤人間にとって根本のことは、我々が何を為すかということではなくて、我々が何であるかということを発見することである。これは西洋も東洋も同じことであって、西洋でも立派な哲学者はつとにこれを解明しておる。名高い言葉に「how to do good(いかに善を為すか)」ということよりも、「how to be good(いかに善であるか)」ということの方が大事である、というのがありますが、人間の第一義は、何を為すかということではなくて、何であるかということである。(安岡正篤)

昔も今も、「何を為すか?」という夢や志が、人物としての指標のように捉えられがちですが、「為す」ことを語る前に「あれ」というのは古典を読んでも明らかな道理です。身の引き締まるご指摘に改めて敬服する次第でした。

このように日本に生きた偉大なる人物の教えを学ぶことも一つの郷学だと実感するところです。

人間学のすすめ 人間学のすすめ

武士道の克己―心を安らかに保つために

感情を顔に出すべからず

新渡戸稲造武士道においては不平不満を並べ立てない不屈の勇気を訓練することが行われていた。そして他方では、礼の教訓があった。それは自己の悲しみ、苦しみを外面に表わして他人の愉快や平穏をかき乱すことがないように求めていた。(新渡戸稲造)

立派な人物を評するとき、「喜怒を色に表さず」という言葉が用いられたように、日本人の美徳として感情を表面に表わさない。というものがあります。漫画の話で恐縮ですが「風の大地」の主人公は、まさにこの克己の体現者でした。

自己の感情を出さないということは、他人の感情に影響を及ぼさないようにとの配慮だと稲造先生は仰っていますが、人の感情の揺れ動きを敏感に感じ取ってしまう日本人というのは、やはり、細やかな感性の持ち主なのだと思います。

なぜ「寡黙」がよしとされるのか

新渡戸稲造男子でも女子でも自己の魂が揺り動かされるのを感じるとき、まず最初、直感的にそのことが外に表れないように静かに抑えようと努める。(新渡戸稲造)

ある若いサムライはその日記に次のように書いています。
「汝の言葉の土壌が微妙なる思想をもって働くを感ずるか。それは種子の芽生えるときならん。言葉をもってこれを妨ぐるな。静かに、秘やかに、これをして独り働かしめよ」

何かの芽生えを言葉で邪魔をしてはいけない。と忠告しています。

確かに、感動を言葉で発するとき、自己の中に湧き上がるエネルギーを内に留め熟成させることなく、外に出してしまったという感覚はあります。

幕末の志士「橋本左内」は、私塾で学び、皆で討論しているときも物静かで、何を考えているか分からなかったと言います。しかし、いざ事を起こそうとしたとき、他の皆は討論でエネルギーを使い果し、実際に事を起こせたのは左内ただ一人だったという話も「啓発録」で読みました。

心を安らかに保つために

新渡戸稲造克己の訓練はときとして度を過ごしやすい。それは思いやりの心を完全に抑えることもできる。素直な性質を歪めたり、途方もないものに変えることもできる。偏屈を生んだり、偽善を育んだり、ときには情愛を鈍感にさせたりもできる。
しかし、克己の理想は、心の安らかさを保つことである。(新渡戸稲造)

感情を出さないことや、寡黙であることの訓練は、行き過ぎると危険だと稲造先生は仰っています。

他人の感情に影響を及ぼさないように配慮することは大切だと思いますが、感情を共感することも同時に大切なことだと思います。
人情を察することも一つの情け。思いやりの心がベースにあっての克己。己に勝っても、人をないがしろにしては意味がありません。

今日の宣言
自分に克つことだけに捉われず、広く思いやりの気持ちをもって、心安らかなる境地を目指す。
武士道―人に勝ち、自分に克つ強靭な精神力を鍛える   知的生きかた文庫 武士道―人に勝ち、自分に克つ強靭な精神力を鍛える 知的生きかた文庫
奈良本 辰也

ビジュアル版 対訳武士道 ビジュアル版 対訳武士道
新渡戸稲造博士と武士道に学ぶ会

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