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時代の転換期―新しい価値観を見出す

致知11月号「時代を切り開いた男たち」童門冬二さんと松平定知さんの対談を読んで。

時代が大きく変わるとき、そこには必ず新しい価値観がありました。
新しい価値観をベースとして国作りをするということは至難の業です。
しかし、歴史上の偉大な人物達はそれを成し遂げてきました。

一例をメモがてら載せてみます。

源頼朝

時代:平安→鎌倉
提案:貴族主義(貴族社会)→実力主義(武家社会)
新しい価値:土地=実力
理由:血筋のあるものが統治するのではなく、本当に実力があるものが統治する
備考:「一所懸命」という概念を作り上げた。

織田信長

時代:戦国→安土
提案:土地→文化(茶器)
新しい価値:文化=実力
理由:優秀な部下が増え、報酬となる土地が減ったため
備考:「一所懸命」という概念を覆した。

徳川家康

時代:桃山→江戸
提案:戦(下克上)→平和
 君、君たらざれば、臣は臣たらず→君、君たらずとも、臣は臣たれ
新しい価値:朱子学
理由:争いの無い長期政権を維持するため
備考:武士は民を治めるため武から文へ。

これから、大きくうねる時代、新しい価値観はどんなものが相応しいのか。
やはり、「物質」「消費」から「環境」「共生」へという価値の転換なのか。
はたまた別のものなのか。

一つ考えてみることには、価値観がどんなものになろうと、どれほどの偉人であろうと、時代が求めていない価値観を強制することは非常に困難なのじゃないかと思います。

一時的には可能でも、継続的なものにはならないと思います。

そう考えると、天下を動かすほどの新しい価値観というものは、戦略的に誰かが意図できるものではなく、時代や社会が求めてくるのであって、それを敏感に感じ取り、実行した行動の人がいたという認識になります。

松下幸之助翁は「世間は正しい。世間は鏡のごときもの。世間は神のごときものだ。」と言い、新しく事業を展開するときには世間様の価値観でもって判断しました。

価値観というものは、提案者の都合・主張で作るのではなく、時代が求めるものだと思います。
社会、世間様、人様が求めるものだ思います。

また、空海の言葉に「書もまた古意に擬するを以て善しとなし、古迹に似るを以て巧みとなさず」とあります。それを受けて、松尾芭蕉の言葉に「古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求めよ」とあります。

歴史上の偉人達の表面的な成功を求めるのではなく、その真意を見極めていくことも大切だと教えられます。

偉人の求めたるところを求め、世間の求めたるところを求めていく。
そんな生き方を心掛けていきたいと思います。

月刊致知参考:致知2009年11月号

取捨選択―ひとつの覚悟

人生というのは、取捨選択の積み重ねだと感じることが多い今日この頃。

何を取って、何を捨てるか。

良いものだからといって、良いもの全てを取って進歩発展できるかと言ったらそうではないように思います。あっちも取って、こっちも取ってだと、寄り道ばかりでちっとも前に進めなくなります。

その時々の状態に合わせて、判断が必要となります。

自分は、良いものと出会うとつい何でも取り入れたくなる癖があります。
しかし、最近少し成長したのではないかと思うことに、あるいは、自分のキャパシティを知った、分をわきまえたという言い方もできますが(笑)、取捨選択ということができるようになった点があります。

取捨選択というのは一つの覚悟だなと思います。

目指す方向(覚悟)が定まり、己の分を知れば、自然と取捨選択せざる負えなくなります。

どれほど素晴らしいと思ったものでも、目をそっと閉じて、脇目を戻せるような自制心をしっかりと備えていきたいです。

また、出会った良いものそのままの状態では、我が道に沿うものでなかった場合、それを我が道に沿うような形に変化応用できる能力も合わせて身に付けていく必要があるなとも感じます。

芯は通せど、頑なになることなく、剛柔合わせ持った判断をしていきたいと思います。

コーチング・マネジメント―自発性を引き出せるか

ふとしたご縁とご好意で、コーチ21という会社に遊びに行くことになりました。

恥ずかしながら、それまでは知らなかったのですが、コーチング業界ではパイオニアということでした。

会津大学に一冊コーチ21の伊藤守会長が執筆した「コーチング・マネジメント」という本があったので借りて読んでみました。

物凄く簡単にレビューします(笑)

コーチングとは一言でいうと、「自発的な行動を促すコミュニケーション」である。

教える」のではなく、自分自身の頭で考えさせ、気付かせ、実際に行動に移してもらえるように導く。
即ち、考えてもらえるような「質問」をする。
ということがこの本では大きなポイントとなっています。
そのための細かいスキルやノウハウ、知識が追って説明されていました。

個人的な気付きとしては、「自発的な行動を促す」という部分が非常に納得できました。

自分自身の経験からもそうですが、自ら「何とかしなきゃ!」と思えないかぎり、やらされているだけで、自発的な行動にはなりません。「やらされているだけ」のことは、その瞬間は出来ていても継続しません。

孔子も言っています。

如之何(いかん)、如之何と曰わざる者は、吾れ如之何ともすること末(な)きのみ。

「どうしようか、どうしようか」と自問自答するくらいの段階に達してない者には、教えようがない。ということです。

真の教育は教わるものの自発性を高めることに力を注ぐべきである。

「高校生が感動した『論語』」の著者、慶應高校の名物講師、佐久協氏も教育の真理をこのように説明していました。

自発性を生み出す。

これが究極の教育である。

そのためのスキルの一つがコーチングであるということがわかりました。

「自発性を生み出す」奥が深いテーマです。

そう言えば、以前「自発性を育む」というテーマで書いたブログがありました。

NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」を見て感想を書いたものですが。
子供・部下そして自分を育てる6つの極意」も参考にどうぞ。

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西郷隆盛―器量の人物

先週、金曜は会津大学にて人間学ゼミ「西郷隆盛」の講義でした。

西郷隆盛は薩摩藩の下級武士に生まれ、16歳のときに郡方書役助となります。
郡方書役助とは、農政をつかさどる役所の事務官の補助であり、
藩内のあらゆる所へ出張し、年貢(税)の徴収等も補助します。

このときの郡奉行の迫田太次右衛門利済が非常に気骨のある人物で、
大きな影響を受けたとともに、重税に苦しむ農民を見て周りました。
これが、困っている人を放っておけない大器量の原点となったのかもしれません。

西郷南州翁遺訓に残された西郷さんの言葉から人物を伺い知ることが出来ます。
また、遺訓の成り立ちも西郷さんの人柄を良く表わしています。

会津の人間にも忘れられない戊辰戦争
西郷さんを中心とする官軍と最後まで闘った山形の「庄内藩士」が
西郷さんの温情有る戦後処理に感激し、敵でありながら西郷さんから学ぼうと
藩主・酒井忠篤はじめ鹿児島に留学し、仇敵を師と仰ぎ
その言葉を1冊の書物に纏めたのがこの遺訓です。

印象的な言葉を抜粋します。

万民の上に位する者―

万民の上に位する者、己れを慎み、品行を正しくし、驕奢を戒め、節倹を勉め、職事に勤労して人民の標準となり、下民その勤労を気の毒に思う様ならでは、政令は行われ難し。
然るに草創の始めに立ちながら、家屋を飾り、衣服を飾り、美妾を抱え、蓄財を謀りなば、維新の功業は遂げられまじき也。
今となりては、戊辰の義戦も偏えに私を営みたる姿に成り行き、天下に対し戦死者に対して面目なきぞとて、しきりに涙を催されける。

人は第一の宝―

何ほど制度方法を論ずるとも、その人に非ざれば行われ難し。
人ありて後方法の行わるるものなれば、人は第一の宝にして、己れその人に成るの心掛け肝要なり。

聖賢に成らん―

聖賢に成らんと欲する志無く、古人の事跡を見、とても企て及ばぬと云う様なる心ならば、戦に臨みて逃ぐるより猶卑怯なり。

大きな人間になってほしい。というのが西郷さんの願いでした。

当時は大粒の人物が大勢いました。

自分を振り返るとどうだろうか。

あまりの小粒さに涙がちょちょ切れんばかりですが、示された人物像の
一旦にでも触れえるような人物になりたいと思う素晴らしい講義でした。

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図書館を活用する

気になる本があるとすぐに購入してしまう癖を直そうと、
面白そうな本があっても買うのを控えていました。

しかし、図書館というのは田舎であっても以外と種類がおいてあるもので、
読みたい本の3割くらいは見つかったりします。

ある程度の図書館には蔵書検索サイトが用意されているので、
私の場合は、会津図書館、喜多方図書館、会津大学図書館の
三つの図書館の蔵書検索サイトをすぐに調べられるようにしました。

Amazonで評価を調べる、蔵書検索をする、なければ諦める、あれば借りる。

最近は、このような形で図書館を利用するようになりました。
期限もあるので、読みきらなければならないという良い意味でのプレッシャーもあります(笑

また、昨日会津大学の図書館にあるという本を借りに行ったら、
大学の先生の研究室にある本だということで、研究室をお邪魔しました。
すると、なんと私の恩師(会津大学出身ではない)は教え子だという先生のお部屋でした。

こんな出会いも面白いなと、本を借りるということも悪くないなと思った晴秋の昼下がり。

立ち止まるということ

最近、自分の「ながら」の行動に不快感や違和感をより一層強く感じるようになりました。
メリハリの無さや。キレの悪さ。みたいなものが胸につかえます。

特に「挨拶」。

入りながら「失礼します。」や、
足が出口に向かいながら「ありがとうございました。」など、、、

気付くと怠慢な姿勢になってしまっている自分がいます。

そういう姿勢を「良し」としない場と出会える機会が増えたことは非常に嬉しいことですが、今まで自分がいかに挨拶の姿勢を疎かにしていたかハッとさせられます。

挨拶をするときには、何かしながらではなく、それ以外の行動をピタッと止めて、一呼吸し、それから挨拶するのが気持ちよいなと思います。

普通に仕事のことばかり考えて生活していると、能力がないがゆえに、つい効率ばかりを優先して行動してしまう癖ができてしまいます。

少し余裕を持って生活をしなければなりません。

また、挨拶だけではなく、一つひとつメリハリのある姿勢というものが定着するよう日々意識しなければと。反省でした。

天皇―国民の平和を祈る無私の祭祀王

大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 國見をすれば 國原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし國ぞ 蜻蛉島(あきづしま) 大和の國は

舒明天皇御製

西暦2009年とは、キリストが生まれた年を紀元とする暦のよみ方ですが、
日本の場合、初代天皇である神武天皇を紀元として、現在は皇紀2669年です。

天皇とはいったいどういう存在なのか。
知らないことが多過ぎたのでまとめました。

天皇は祭祀王である

天皇の最も重要な務めは祭祀を行うということです。
元旦の四方拝に始まって、祈年祭、春秋の皇霊祭、神嘗祭、
新嘗祭など、天皇は年間30回にも上る皇室祭祀を行われます。

古代の世界中の王は、豊作を祈り、平和を祈る祭祀王でしたが、
日本以外では全て滅びてしまい、今や天皇だけが世界に残る唯一の祭祀王となっています。

天皇は国民ではない

天皇はじめ皇室には、国民に与えられている様々な権利が認められません。
皇室には、性もなく、戸籍もなく、即位拒否や退位の自由もありません。
勿論、職業選択の自由も、婚姻の自由も、参政権も、社会保障(健康保険・年金)も、
居住地選択の自由も、経済活動の自由も、信教の自由もありません。

天皇、皇室に「自由」はないということです。
生まれながらにして、国民の平和を祈ることが使命付けられている存在ということです。

天皇は無私の存在

上記二点を踏まえると、天皇とは完全に「」の存在であり、
」というものがありません。

無私の存在である天皇が君主であるからこそ、日本には他国のような凄惨な歴史は皆無であり、
今日まで平和に反映してこれたとあります。

天皇を中心に据えた「支配なき統治」という世にも稀な国柄を保っている日本に誇りを感じます。

君主自らが「公」であり、一切の「私」がないという点も、他のどの国にもない高潔さを感じます。

自らもより「公」のために生きられればと思いました。

(補足)天皇とは「制度」ではない

「天皇制」という言葉が巷で聞かれることがありますが、
天皇は制度ではないので、天皇制という言葉は本来存在しないということでした。

「家族」は自然発生的に人間社会に存在し、
それに付随して法体系としての「家族制度」が作られています。
天皇や皇室にも、それに伴う「制度」が憲法や皇室典範に定められていますが、
あくまでも自然に形成された天皇の存在が主体であり、
憲法や皇室典範によって天皇が作られたわけではありません。
だから、天皇や皇室そのものを「天皇制」とは呼ばないということだそうです。

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菜根譚―草の根を食べるほどの逆境におかれても

菜根譚は、中国明代末期、洪自誠(洪応明)によって書かれた処世哲学の書です。
当時、中国ではさほど読まれず、明治時代に入ってから日本でよく読まれるようになりました。
しかし、近年、中国や韓国でも広く読まれるようになったそうです。

菜根譚の由来は、朱子の編んだ古典「小学」の最終章にあります。

汪信民(おうしんみん)、嘗(か)って人は常に菜根を咬(か)み得(う)れば、
則(すなわ)ち百事做(な)す可(べ)し、と言う。

通常は、葉や茎や実を食べる野菜のその根までも食味する、
そのような逆境にみまわれてもそれをよく忍耐しえたならば大抵の事はのりきれる、
という意。

また、著者の洪自誠と同時代を生きた傑僧に紫柏達観という人物がおります。
その紫柏大師の「食菜」という五言詩にこうあります。

菜の味の淡きを嫌うこと莫(な)かれ。
淡き中の赴(おもむ)きは甚(はなは)だ長(すぐ)る。
長れる者は以て久しかる可く、
久しければ則ち歳の霜に耐う。
人は梁(こめ)と肉は美(うま)しと謂うも、
我は菜の根の香(かんば)しきを愛す。
東坡(とうば)は曽(かつ)て言う有り、
大丈夫は須(すべか)らく嘗(な)むべし。
淡白は高明を滋(ま)すも、
奢侈は心光を泊(みだ)す。
節倹は家を成す可きも、
費せば則ち淫荒に近し。
我が冷舌(れいぜつ)の言を聴かば、
天下も亦(ま)た康(やす)んず可し。

菜根とはあくまで蔬菜(そさい)の根の意であって、
大根や人参などの根菜だけのことではありません。
この食菜の詩は、汪信民の発言をより、丁寧に表現したものであると思います。

淡きを尊重する東洋の思想に共感を覚えます。
奢侈を嫌う思想に気高さを感じます。
極貧の中で、根を味わう艱難辛苦に思いを馳せ、いざそうなったとき、
乗り越える強さを身に付けたいと思いました。

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情熱と人の質が会社を大きく育てる

日本電産元取締役、人事アドバイザーの野村氏は、
大きく育つ会社には条件が二つあると言います。

一つは、情熱
一つは、人の質

情熱は言わずもがな。
トップ自らが夢を熱く語り続けることです。

人の質とは、「質」と「味」に分かれます。

「質」は5Sからなる「整理、整頓、清潔、清掃、躾」
特に躾(マナー)を身に付け、洗礼させていくこと。

「味」は知性と雅性で育みます。
知性は、読書などから「心の糧」となる知恵を紡ぎ、
雅性(豊かな感性)は、「人のために」という温かさ、柔らかさ、上品さなどです。

会社が大きく育つには、情熱、熱意を裏付けるように、
人の質の向上が不可欠であるということですね。

情熱や熱意だけでは空回りしてしまいます。
5Sをはじめ、人の質を高めるだけではどこに向っていけばいいかわかりません。

目指すべき道を定め、情熱を持って励ましあい、基本をしっかりと身に付けていく。

重要なことだと思いました。

そして、久しぶりに5Sという言葉を聞いて、改めて基本の重要性に気付かされました。

整理、整頓、清潔、清掃、躾。

徹底されているのが当たり前という意識で日々生活していきたいと思います。

毎日の当たり前に意識を―森信三先生に学ぶ

明治から平成にかけて活躍した、森信三先生という偉大な教育者がいます。

雑誌(致知9月号)の中で紹介されていた先生の言葉があります。

森信三諸君は階段を昇るとき、まるで廊下でも歩くように、さらさら昇る工夫をしてごらんなさい。というのも人間の生命力の強さは、ある意味ではそうしたことによっても、養われると言えるからです。
階段の途中に差しかかって、急に速度がにぶるようでは、それはその人が、心身ともにまだ生命力が弱い証拠と言ってもよいでしょう。と申すのも、この場合階段というものが、やがて人生の逆境にも通ずると言えるからです。

日頃、階段を登っているときに、人生の逆境のことを考えているかといったら考えてはいません。

むしろ、エスカレーターやエレベーターを探してしまうという始末。

身体の健康のためにと階段を選ぶことはあっても、人生の苦難をあたかも廊下を歩くように、
平然と突き進むことを考えて階段を登るということは意識したことがありません。

しかし、森信三先生の発言から、ささいなことへの日々の心掛けというのは、
生きることへの真剣さ、覚悟の現れなのだと思いました。

どこまでド真剣に生きることを考えているか。
ド真剣だからこそ階段を登るときのことすら意識してしまうのではないかと思います。

また、こうも言っております。

森信三真に意義ある人生を送ろうとするなら、人並みの生き方をしているだけではいけないでしょう。それには、少なくとも人の一倍半は働いて、しかも報酬は、普通の人の二割減くらいでも満足しようという基準を打ち立てることです。

意義ある人生というものを本気で考えているからこそ、
自分に厳しくすることが重要なのだと思います。

自分に厳しくなろうと思っても、ついつい甘えが出てしまいます。

どうしてこんなに自分は甘いのだろうと辟易してしまいます。

大それたことを毎日課してそれをこなしていくのではなく、
日々の何気ない事を繊細に意識し、大切に過ごしていくことが
最初の一歩目なのだと改めて気付かされました。

森信三先生は二宮尊徳翁の書「二宮翁夜話」にて学問的開眼を得られたと書いてあります。

音もなく香もなく常に天地は、書かざる経を繰り返しつつ

寸暇も惜しんで書物を読んだ二宮尊徳翁は、極意は書には無く、天地自然にあるといっています。

当時の天地自然というのは実生活そのもの。

真理は現実の只中にあり。です。

今まさに生きているこの現実の何気ないことも一つひとつ意識して、その意図をしっかりと汲んで生きていきたいと思います。

修身教授録―現代に甦る人間学の要諦 (致知選書) 修身教授録―現代に甦る人間学の要諦 (致知選書)
二宮翁夜話 二宮翁夜話
村松 敬司
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