江戸時代の禅僧に白隠慧鶴という名僧がいました。
白隠は、地獄に恐怖し、その恐怖を克服するために仏道修行に励み、悟りを得、その悟りによって人々を救済したそうです。つまり、地獄がなければ、白隠の悟りもありませんでした。ゆえに、白隠がのこした墨蹟のなかには、「南無地獄大菩薩」というものがあります。
地獄というのは、抽象的ですが、自分の不遇や、経済の不況、天災など、具体的な地獄は色々あります。
ただ、その苦を苦として受け止め、その苦しみのなかから、自分を鍛え上げていく。そして自分を鍛えるだけでなく、多くの人々も救うていこう。これが菩薩の生き方だということだ。と、松原泰道老師がエッセイで語っていました。
確かに、人間苦しい状況に立たされると、必要以上に自分を責めたり、また、人に頼りたくなる気持ちが出てきます。それでも、苦を苦として、自らを高められる人間になり、世のため人のためになる人間になれればと、老師のエッセイを読んで改めて思います。
(参考:致知2009年4月号)



